「変わる街は、ときどき記憶を置き去りにする」。
そんなことを思いながら、私は名古屋市瑞穂区にある堀田駅に降り立ちました。ホームに吹き込む風は少し湿っていて、曇り空の下に広がる街並みはどこかもの寂しい雰囲気です。
しかし、この空模様が今回の散策にはぴったりだと感じました。
今回訪れたのは、レトロで“激シブ”な雰囲気が漂う堀田駅周辺です。
このエリアは、かつて昭和の香りを強く残す場所として知られていました。ところが近年は再開発や老朽化によって風景が大きく変わりつつあります。
そこで今回は、消えたものと残ったもの、そして今もかすかに息づく“気配”をたどりながら、街の記憶を歩いてみることにしました。
◆工事フェンスの向こう側に消えた通路

堀田駅を出て最初に目に入るのは、工事中の団地跡です。かつてここは建物内を通り抜けることができ、駅へと続く便利な動線になっていました。
屋根付きの通路は雨の日にも重宝され、近隣の人々にとっては生活の一部だったことでしょう。今ではその通路もフェンスで完全に封鎖されています。
必要な工事であることは理解しつつも、長年使い慣れた道が突然失われると、少しだけ心細く感じてしまいます。かつての生活のリズムを知っている人ほど、その“喪失感”を強く覚えるのではないでしょうか。

歩道橋を下ると、パチンコ店の跡地が広がっています。建物のあった痕跡が、わずかな舗装の違いや壁の跡から見て取れます。
こうした小さな痕跡は、街が変わってもなお「ここに何かがあった」という記憶を留める印のように感じます。
◆幻の木造アーケード――保護されなかった文化財

一旦道を外れ、フェンスの向こうにあった“幻の建物”を探してみることにしました。
フェンスの奥にかつて存在していたのは、木造のアーケード建築でした。私が初めてそれを見たときの衝撃は、今でも忘れられません。

くすんだ木の梁、錆びたトタン、ところどころ欠けた看板――そのどれもが、時の流れをまとった美しさを放っていました。
しかし、その建物は約2年前に解体されてしまいました。
安全面の理由や老朽化など、やむを得ない事情があったのでしょう。
それでも、あれほどの風情を持つ建物が「文化財として保存されなかったこと」は、やはり残念でなりません。
当時撮影していた写真を見返すと、内部の様子も思い出します。




わずかな光が差し込む通路、むき出しの配管、古びた塗装、そして手書き看板のかすれた文字。
どこを切り取っても、偶然が生み出した芸術作品のようでした。
人工的には決して再現できない“時間の造形美”が、そこには確かにあったのです。
◆ガード下の空気と、嗅ぎたくなるドアノブ

駅のガード下に行ってみると、コンクリートと木パネルが入り混じる空間が現れます。
湿気を帯びた空気が独特の匂いを放ち、どこか懐かしい気持ちにさせてくれます。

そして、私がつい目を奪われるのが古いドアの取っ手です。
丸みを帯びた金属の質感が絶妙で、無意識に触れてみたくなる。
「この取っ手、なんだか嗅ぎたくなるな……」と、一瞬思ってしまうほどの魅力です。
(もちろん実際には嗅ぎません。変態扱いされます。)
こういう“使われ続けてきた実用品”が、時間を経て芸術のような佇まいを見せる瞬間に、私は無性に惹かれます。
◆名店街――人々の通路として生きた商店街

堀田駅にはかつて、**「名鉄堀田 名店街」**という商店街が存在していました。
駅の規模に対して驚くほど長く、東西を結ぶ通路として多くの人々が利用していました。
全盛期は多くの店舗が軒を連ね、食堂や文具店、薬局、八百屋など、生活の匂いに満ちていたといいます。

しかし、晩年にはシャッターが下り、通路としての役割だけが残っていました。
それでも、通り抜ける人々の足音や話し声が、この街の“呼吸音”だったのです。
ところが2022年頃、耐震工事のため閉鎖。
名店街は完全に姿を消しました。

白く塗られた看板や、閉じた扉が、今ではその痕跡を静かに語るのみです。
地図を広げて当時の配置を眺めると、当時の記憶がよみがえります。

商店街は単なる通路ではなく、人々の生活の記録装置だったのだと思います。
◆パレマルシェ堀田閉店――便利さの裏にあった記憶の場

さらに追い打ちをかけるように、**駅直結の商業施設「パレマルシェ堀田」**も令和6年(2024年)8月31日に閉店しました。

長年、堀田の人々にとっては“待ち合わせの場所”であり、“ちょっとした買い物の拠点”でもありました。
その存在がなくなるということは、単にお店が減るという以上の意味を持っています。

閉店後のガラス壁は黒く反射し、かつての賑わいを映し出すように見えました。
その反射の中で、通り過ぎる自分の姿が妙に小さく感じられ、少し寂しさがこみ上げました。
街の便利さが変わると、人の歩き方まで変わるものです。
◆雨漏りする駅の愛おしさ

ふと、天井からポツポツと雨のしずくが落ちてきました。
雨漏りする駅なんて、他にどれほどあるでしょうか。

もちろん、良いことではないのですが、不思議とこの風景には温かみを感じます。
完璧ではない場所に、なぜか親しみを覚えるのです。
もしかすると、人間自身が不完全だからこそ、少し傷んだ建物に安心を感じるのかもしれません。
◆西側に残る“昭和の温度”

堀田駅の西側に出ると、昭和の空気がそのまま残る一角が現れます。
長い年月を重ね、独特の温もりを放っています。
このエリアには、かつて名店街へと続くドアがありました。
駅から西へ抜ける際、人々はそのドアを通って名店街を通過していたそうです。
今はもう閉鎖された通路ですが、そこには今も確かに“生活の記憶”が漂っています。
◆床屋のガラスと針灸治療院の書体

少し歩くと、古い建物が点々と残っています。
まず目に入ったのは、大きなガラス張りの床屋の跡です。
陽の光が差し込むと、ガラスがわずかに波打って昭和の質感を再現してくれます。
ここではきっと、地元のおじさんたちが世間話をしながら髪を切っていたのでしょう。

古びた学区掲示板は、まるで“アート作品”のように見えます。
こうしたもの眺めていると、時間が止まったような感覚になります。
◆恵比寿大国市場――現役の鼓動を感じて

さらに進むと、**「恵比寿大国市場」**という市場にたどり着きました。
見た瞬間に「これはすごい」と感じる、圧倒的な存在感。
古びた外観と落ち着いた佇まいに、今もここで人々の暮らしが営まれていることを感じます。
この日は残念ながら休業日でしたが、八百屋さんとお肉屋さんは今も営業中だそうです。
市場はまさに街の“心臓”です。

営業を続けているお店があるだけで、街全体が生きているように見えます。
市場の近くの小路には、シャッターが閉まった店が並んでいました。
それでも、建物の並びや色味がどこか絵になる。
配置の妙や、時間が作り出した偶然のバランスに、心が惹かれました。
◆堀田本町商店街――アーチの消えた街並み

名鉄堀田駅の近くには、堀田本町商店街という通りもあります。
かつては多くの人でにぎわっていたこの商店街も、今ではアーチが撤去され、住宅街のように静まり返っています。

しかし、よく見ると商店街らしい面影がまだ残っています。

これらが静かに「ここは商店街でしたよ」と語りかけてくるようです。
アーチという“象徴”がなくなっても、街の記憶は簡単には消えません。
長く続く生活の痕跡が、この通りのどこかにまだ息づいているのです。
◆街のユーモア――ボケる街
堀田を歩いていると、思わず笑ってしまう瞬間があります。
例えば、先ほどの雨漏りする駅。
街が少しボケてくれると、こちらがツッコミ役になれる。
そんな関係性が、なんだか愛おしいのです。
そして、例のドアノブ。
あの“嗅ぎたい衝動”を抑えるのは、もはや修行レベル。
街歩きには時々、自分の中に“自粛警察”を立ち上げる必要がありますね。
◆失われたものと、残されたもの
堀田を歩いて感じたのは、失われたものと残されたものの対比でした。
失われたもの――木造アーケード、名店街の通路、商店街のアーチ、パレマルシェ堀田。
残されたもの――堀田駅、昭和の建物群、床屋のガラス、恵比寿大国市場。
どちらか一方だけでは、この街の姿は語れません。
消えたものがあるからこそ、残ったものの価値が際立ち、
残ったものが語り続けるからこそ、消えたものも記憶の中で生き続けるのです。
◆旅の終わりに――街は壊れ、街はできる
夕方、駅に戻ると、曇り空が少し明るくなっていました。
足元のコンクリートには小さなひびが走り、そこに雨のしずくが光っています。
街は壊れ、そしてまた作られる。
人も同じように、変化の中で少しずつ形を変えていくのでしょう。
堀田駅の“激シブ指数”は確かに昔より下がったかもしれません。
けれど、完璧ではない今の姿こそが、むしろ味わい深い堀田らしさを引き出しているように感じます。
古びた建物、閉ざされたシャッター、雨漏りする天井。
そのすべてが、街の呼吸として静かに響いていました。
◆おわりに――消えゆく景色を見送る勇気
最後に、私なりの結論です。
消えゆく景色に出会ったら、まずは立ち止まって見送ること。
写真を撮り、その瞬間に立ち会った証拠を残すこと。
「もっと早く気づけばよかった」と思うことはあっても、
「見なければよかった」と感じることは、きっとありません。
堀田はこれからも変わっていきます。
名店街の記憶を抱えながら、新しい通路や建物がまた生まれていくでしょう。
その時、今日撮った一枚の写真が、変化の前夜を証言する記録になるかもしれません。
というわけで、今回の“激シブ散歩”はここまでです。
この続きが気になった方は、ぜひフォローをお願いいたします。また“激シブ”な現場からお届けしたいと思います。
それではまた、次の街でお会いしましょう。

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